コラム

書を捨てよ、街に出よう〜イノベーションへのマーケティング的ヒント

マーケのヒント
執筆
高橋 孝之
公開日
2018年6月28日
更新日
2022年9月29日

いきなりですが、応援上映って知ってますか? 映画館で、上映中観客が騒いだり踊ったり歌ったりすることができるという上映スタイルだそうです。映画好きで細部の描写にまでこだわり、1本の映画をじっくり鑑賞されるような方には想像もつかない上映スタイルではないかと思います。そんな応援上映が、今、はやっているようです。

映画館という施設の価値を、映画コンテンツ上映から楽しい場に変換

マーケティングの観点から考える応援上映の素晴らしいところは、映画というコンテンツを「目的」から楽しむための「手段」に転換したところにあります。

元来、映画館というのは映画というコンテンツを(より)楽しむための場所にすぎませんでした。主従関係でいうと、映画が主で、映画館が従だったわけですね。こうなると映画館的には大変厳しい。映画というコンテンツそのものを変更することができない以上、コンテンツのラインナップで他と差別化するか、そのコンテンツをより楽しむためのAVシステムの優秀さくらいしか武器が存在していなかったという状況です。目的が映画コンテンツにある場合、映画館の選択としては地理的要因がかなり強くなってしまうため、立地で勝つしかないような状況が生じてしまいます。

ところが、この応援上映は、目的が「映画を楽しむ」ことではなく、「その場を楽しむ」ことにあるんですよね。そうなると話は変わります。その場=映画館が主で、映画コンテンツは従となり、主従関係が逆転しているのです。これは映画館ビジネスにとっては、イノベーションだと言って良いでしょう。結果として、このように楽しむ人達を引きつけることになります。

映画館にくる動機が変わったことで、別のインパクトも生じます。元来、映画というコンテンツビジネスにおいて、同一の映画をリピートする顧客というのは非常に限定的でした。大ヒットした「君の名は」であっても、リピート率は16.8%という調査結果もあります。ところが、場を楽しむことが目的になると、同じコンテンツであっても場として楽しければリピートするんですよね。コンテンツを消費しにいくわけではなく、場の体験を求めていると消費コンテンツが同じであっても何度も体験する価値が発生してきます。同一映画コンテンツでリピート客を獲得できるのであれば、それはビジネス上大きな前進です。

客数 × 単価 × 視聴(?)回数

が、映画館における売上の方程式なわけですから、通常1に固定(というと語弊がありますが、1にとても近くなる)されている視聴回数が1.5になるだけで、売上は1.5倍に増えることになります。

実は似たような価値というのは昔から存在している

応援上映は、映画館ビジネスにおける大きなイノベーションだと思いますが、実は似たような価値は昔から存在していたのです。たとえば、お茶の間のテレビ視聴というのは、応援上映ほどではないにしても、おしゃべりをしながら、ワイワイと、笑ったり叫んだりしながら見ていることでしょう。いまちょうどワールドカップロシア大会の真っ最中で、今日日本は運命のポーランド戦ですが、スポーツバーにおけるサッカー観戦なんて、まさに応援上映に近い形態です。ライブも似ているかもしれません。少し形を変えてみると、ニコニコ動画も同じです。同一のコンテンツを見ている人たちの間でコミュニケーションが発生し、コンテンツのみならず、その場に対して価値を求める人が集まってくるサービスだと考えることができます。

応援上映は、こういった以前より存在している価値を、「映画館」という特殊な場に適用したものです。まったく新しい映画館におけるスタイルですが、まったく新しいスタイルではありません。ですが、応援上映は立派なイノベーションだと思います。

似ているシチュエーションにおける価値を考え、援用する

応援上映の例のように、似ているがちょっと違うところにおいては当たり前に存在している価値が、自分たちの領域で存在していないことは多々あります。サービス業におけるイノベーションというのは、このように隣では当たり前だけど、自分の業界では当たり前ではないことを輸入してくることによって生じるケースは非常に多く見られます。ITが導入されていない領域に、IT化でサービスを形成する、なんて最近よくあるパターンは、まさにこの王道と言っても過言ではありません。

参考コラム:潜在ニーズはそこら中にある。その料理の仕方こそマーケターの腕の見せ所

似たような価値転換としては、JRAや「おっさん」で話題のNewsPicks

JRAのHOT HOLIDAYS!キャンペーンも同様のパターンです。競馬場をギャンブルの場から、若い世代の人たちが休日に立ち寄れるテーマーパークやモールのような存在に転換しようとしていると言えるでしょう。競馬場という観点ではあり得なかった視点かもしれませんが、隣の領域であるテーマーパークやショッピングモールでは当たり前のように存在していた価値を、競馬場に移植しようとしてるキャンペーンだと思います。

「おっさん」で話題になっているNewsPicksも、ニュースコンテンツそのものではなく、Newsを議論する場としての価値創造を狙っていると思いますが、これも床屋では昔からずっと繰り広げられてきた価値であり、また2chでも同様の価値は存在していました。でも、ニュースが集積されているサイトでこのようなサービスはあまりなかったのかもしれません。こちらも、価値を移植されたサービスではないかと思います。

書を捨てよ、街に出よう


マーケティングの本質は、価値を創り出すことにあります。ですが、価値をゼロから創り出さねばならないかというと、必ずしもそうとは限りません。今回ご紹介した価値の移植という考え方は、自分たちの事業ドメインだけを見ていては達成できません。新しい価値を創出し、イノベーションを起こしたいという企業やその担当者の皆さんは、自分たちの殻に閉じこもるのではなく、広い視点でモノゴトを観察することが大切です。かつて寺山修司は「書を捨てよ、町へ出よう」と言いました。これはあくまで書の中に閉じこもって視野狭窄状態にある人へ向けた言葉であり、書の有用性を否定するものではないと思いますが、同じような意味で世の事業者の皆さんにも「書を捨てよ、街に出よう」とお伝えしたいと思います。

いやいや、街にはでないよ、という方は本を読みましょう。

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