コラム
売上を上げたい! これは商売をしている身としては誰しも考えることではないでしょうか。
ではどうやって?
この方法は本当に千差万別です。
ここで、ありがちかも知れませんが売上を構成している要素を整理してみます。
売上=購入者数×購入頻度×客単価
売上を上げる、ということは右辺の変数3つのうちどれか、または複数をあげることを意味します。先ほどの例の最初の2つは購入者数、後の2つは購入頻度を上げるための施策となります。闇雲に施策をうつより、どこをターゲットにすると一番効率よく売上に響くのか、見定めた上で進めたいですよね。(ちなみに3つ目の客単価に関しては、前回のEmpirical Generalizationのコラムで取り扱いましたので、ぜひご覧ください。)
今回は「じゃあどれから取り掛かればいいのさ」という問いに答えを出してくれるEmpirical Generalizationであるダブルジョパディの法則を紹介します。
先に理論を着想し、現象により裏付けをするアプローチではなく、実際に繰り返し起きている現象を観察、測定した結果から共通する概念を抽出し、一般化したものがEmpirical Generalizationです。Bass diffusion modelで有名なBass教授による定義は、以下の通り。
Frank Bass, Empirical generalizations and marketing science. Marketing Science, Vol. 14, No. 3, Part 2 of 2: Special Issue on Empirical Generalizations in Marketing (1995), pp. G6-G19より
「浸透率と購入頻度には正の相関関係がある」
英語ではDouble Jeopardy(ダブルジョパディ)と呼ばれる法則で、日本語では「二重の不利」という意味になります。『ブランディングの科学』で紹介され、日本でも有名になりました。
浸透率とは、ある期間に商品を購入した人の割合、購入頻度はその商品を一人あたり何回購入したか、のデータで、この2つには正の相関関係があるという法則です。30年以上前から食品や化粧品といった日用品から、車、小売店、テレビ番組の視聴に到るまで当てはまることが実証されています。
この法則を言い換えると、
浸透率の低いブランドほど、購入される頻度も少なくなる
つまり、購入する人が少ないということは、購入される回数も少ないという二重の苦しさ(「ダブルジョパディ」)がある、という現象です。
公開されている実際のデータを見てみましょう。アメリカにおける洗濯洗剤の各ブランドの浸透率と購入頻度をプロットしたものです。
右上のTideは外れ値としても、全体的に浸透率の高いブランドほど購入頻度も高いことが分かります。購入頻度は商品に対するロイヤリティの指標とみなすのであれば、浸透率が高いブランドほどロイヤリティも高い傾向があることを示しています(Tideを除いた相関係数 \(R = 0.587 \))。
浸透率が低くても、既存の顧客に対する施策に力を入れることで、購入頻度を高める(ロイヤリティを上げる)ことができるじゃないか、という考え方もありますが、過去30年に及ぶ研究でそういった例外はほとんど観測されていないそうです。
つまり購入頻度は浸透率に依存すると考えて良いのです。言い換えると、ロイヤリティを高めるにはまず浸透率を上げることが不可欠なのです*1。
さらにそれぞれの変化の度合いを見てみると、浸透率はトップブランドのTide(54%)とDash(4%)では10倍以上の開きがあるのに対し、購入頻度はTide(4.4)とDash(2.8)で1.5倍程度しかありません。変化の度合いから考えても、浸透率の方が購入頻度よりも伸び代がある(浸透率が低いブランドに限りますが)と言えます。
^*1 もう少し正確に「浸透率→購入頻度」の関係を考えてみます。
なぜこういった現象が見られるのか、この現象の背後にはディリクレモデルという消費者の購買行動を確率論の観点で説明したモデルがあります。とてもシンプルに言ってしまうと、(1)一消費者がある時点であるブランドを選ぶかどうかは確率によって決まっており消費者全体のブランド購買の同時分布はディリクレ分布に従う、(2)製品カテゴリの購買生起は負の二項分布に従う、(3)これらは独立して生じる、というモデルです。結局のところ、消費者全体のより選ばれる確率が高いブランドは浸透率が高くなり、必然的に購入頻度も高くなるわけです。
したがって、より正確には、ブランドの購入確率が浸透率と購入頻度を決定づける、と理解すべきです。
ダブルジョパディの法則からは、いくつかのマーケティング的示唆が得られます。そのうちもっとも重要なポイントが、「浸透率を伸ばせ」、そのために「購入確率を高めろ」でしょう。『ブランディングの科学』でいうところのメンタルアベイラビリティ、『確率思考の戦略論』でいうところのプレファレンスを高めろというポイントです。
そのあたりのお話は上記書籍や別のコラムに任せるとして、ニッチブランドについて考えてみたいと思います。
ダブルジョパディの法則は、ニッチ(低浸透率)で購買頻度の高いブランドを作ることの難しさを提示しています。浸透率と購買頻度には正の相関があるため、低浸透率でブランドを成長させていくのは一般論としては難しいのです。
ただし、1点注意が必要です。ダブルジョパディの法則は常にマーケターの考える市場「全体」で成立するわけではないという点です。
ダブルジョパディの法則の背景理論として、「消費者の購買は確率的に決定される」という前提をもっています。確率的に決定されるということは、選択肢の集合(=想起集合) \(\Omega = \{ e_1, e_2, \cdots , e_N \}\) の発生確率の和は1であるということです。想起集合 \(\Omega\) が、いわゆる「市場」の範囲を決定づけます。そして、同一の市場 \(\Omega\)に属する選択肢 \( e_1, e_2, \cdots, e_N\) は交換可能であると言います。
これはとても強い仮説であり制限でもあるのですが、十分に理解されていないケースもありそうです。
想起集合が重ならないケース、つまり \(\Omega_k \cap \Omega_j = \varnothing \) の場合において、\(\Omega_k\) と \(\Omega_j\) は別個の市場であることを意味します。そしてダブルジョパディの法則は、各市場内で観察される法則であって、市場をまたいで観察される法則ではありません。浸透率と購入頻度の関係は、あくまで定義された市場内のブランドについてのみ成立し、他の市場におけるブランドとは無関係です。
たとえば、衣料用洗剤市場において、一般的な衣料用洗剤と「おしゃれ着用洗剤」が同じ想起集合に属しているのか(=つまり、交換可能なのか)によって、ダブルジョパディを「おしゃれ着用洗剤」のみで考えればよいのか、「衣料用洗剤全体」で考えなければならないのかが決まるということです。粉末洗剤と液体洗剤は確実に交換可能ですが、一般的な衣料用洗剤とおしゃれ着用洗剤が交換可能かは、議論の分かれるところでしょう。
衣料用洗剤全体内ではニッチで購買頻度が高く見えるブランドであるおしゃれ着用洗剤ブランドが、おしゃれ着用洗剤市場だけでみればダブルジョパディに支配されていることがあり得るのです。市場の切り方によってはニッチかつ購入頻度が多いブランドがある、つまりダブルジョパディが成立していないように見えるかもしれませんが、そこで安易にダブルジョパディを否定するのは危険です。
ダブルジョパディの法則を正しく活用するためには、市場の定義を明確にする必要があります。どこまでが交換可能なのかの見極めに失敗すると、ダブルジョパディの法則を間違って解釈しかねません。
交換可能性は、併売データなどでは読み取りづらい(たとえば、コーラとタバコは併売されていたとしても、交換可能ではないですよね)ため、生活者の意識データを活用することをおすすめしています。
ダブルジョパディの法則は、売上予測に活用できます。年間購入率さえ推定できれば、ベンチマークデータを元に購入回数の推定も可能になるので、売上予測の式
売上=購入者数×購入頻度×客単価
の重要変数の推定値を得ることが可能です。実際に使う際にはプロダクトテストの結果を元にダブルジョパディから推定される購入頻度を上下にアジャストします。
ホジョセンでは、ダブルジョパディを活用した マーケティング戦略立案や売上予測を手掛けています。ご興味を持たれた方は、ぜひお問い合わせください。
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