コラム
ホジョセンの普段のコラムとは異なり、論文メモという形で読んだ論文の内容を紹介していきます。今回紹介する論文 (相澤 鈴之助 (2015) 戦略的ポジショニングが競争優位をもたらす要因の検討, 経営戦略研究, 16, pp.31-43) は、経営戦略論についての外観を具体的な事例と共に学べそうなものはないかなと思って見つけたものです。この論文は、ポジショニング・ビューとリソース・ベースド・ビューとが相互に補われることで、競争優位をもたらすという事例研究になります。事例研究であるため、ポジショニング・ビューが具体的に何に相当し、リソース・ベースド・ビューが具体的に何に相当するのかを、事例に当てはめて捉えることができるので、とてもわかりやすいものとなっています。
さっそく論文の内容に入っていきましょう。はじめに、イントロダクションとして、経営戦略論の領域では、ポジショニング派とケイパビリティ派が学説的に対立しているとされていました。ポジショニング派 (ポジショニング・ビュー) とは、外部環境の機会と脅威を中心として、どのような環境にある事業が利益を上げやすいのかを分析して、適切な「ポジション」に自社の事業を位置づけて、企業を運営していこうとする考え方です。つまり、市場において特定のポジションを得ることで高い利潤を獲得できるだろうという考え方です。その戦略的ポジショニングを獲得するためには、① 業界の製品・サービスの一部に特化すること、② 特定の顧客グループのニーズを満たすこと、③ 顧客へのアクセスを考慮したセグメンテーションを行うことを考えなければならないとされています (Porter, 1998)。
一方で、ケイパビリティ派 (リソース・ベースド・ビュー) とは、内部環境である自社の強みと弱みを中心とした経営資源に注目し、企業が持続的な競争優位を獲得するためには、価値 (Valuable) があり、希少 (Rare) であり、模倣不可能 (Inimitable) で、代替不可能 (Nonsubstitutable) な経営資源が必要であるとする考え方です (VRINフレームワーク)。
これら2つの考え方は、注目している視点が異なるため対立していましたが、実際の戦略策定においては、ポジショニング・ビューは (リソース・ベースド・ビュー的な) 経営資源の視点で補われる必要があり、またリソース・ベースド・ビューも (ポジショニング・ビュー的な) 市場側の視点で補われる必要があることが指摘されており、両者の学説は対立するものではなく、補完関係にあるとも考えられています (沼上, 2009)。
今回紹介する論文では、カーエアコン用コンプレッサ業界におけるサンデン社のヨーロッパ市場での顧客獲得の事例を通して、ポジショニング・ビューとリソース・ベースド・ビューとがどのように補完し合い、競争優位を生み出したのかを考察しています。
事例の背景としては以下の通りです。1980年、当時のヨーロッパでは、エアコンシステムを扱うメーカーはいくつか存在していたものの、コンプレッサを扱うメーカーはほとんど存在していませんでした。そんな中、サンデン社はヨーロッパ市場へと進出しました。結果として、サンデン社は、日本国内の市場では負けていた競合のトヨタグループのデンソー社を大きく上回る、45%もの市場シェアをヨーロッパ市場にて獲得します。サンデン社はなぜ、大きくシェアをとることができたのでしょうか?
この事例について、1) ポジショニング・ビューと、2) リソース・ベースド・ビューとで視点を分けて見ていきたいと思います。
サンデン社は、製品のシステム全体 (カーエアコンシステム) を供給するのではなく、一部 (コンプレッサ) を単品で供給するというポジションを選択しました。新車の製品仕様について情報漏洩を恐れるメーカーにとって、コンプレッサ製品の単品販売を行うメーカーであるサンデン社は、トヨタグループのデンソー社などと対比すると比較的安心感を持って発注できる供給業者でした。さらに、コンプレッサ単品の供給は、次のカスタマイズ製品での差別化にもつながってきます。
競合であるトヨタグループのデンソー社では、トヨタの自動車に標準化された製品を供給していました。一方、サンデン社は、このビジネス・モデルとは異なる戦略をとることができ、その結果、サンデン社は買い手との擦り合わせを徹底して行うという事業構造の構築に成功しました。これによって、サンデン社は顧客からの要望を受けやすいポジショニングをとり、多様な企業へカスタマイズ製品を供給するという戦略をとることができました。
フランス市場には、カーエアコン用コンプレッサ製品を供給する企業が少なかったため、サンデン社が同市場に先行参入したことはヨーロッパにおいて高い市場シェアを獲得する重要な足がかりとなりました。
一般的に、カスタマイズ製品のように多品種少量生産の場合、企業は各製品の在庫を抱えなければならないためコストがかかる傾向があります。コスト低減のため、サンデン社は、コンプレッサ部品の共通化と生産工程において共通化する体制を整えていました。生産技術部門による製品や製造ラインの共通化を行ったことによって、生産コストを抑えることが可能となり、多様な品種のコンプレッサを多くの企業に供給することが実現できました。
上記の事例を整理すると、サンデン社は、戦略的ポジションを獲得するために、① コンプレッサ単体に特化し、② 個々のエンジンに対応したカスタマイズ品を求める顧客のニーズを満たし、③ 競合他社がほとんど存在しないフランス市場への参入を他社に先行して行っています。これだけでなく、サンデン社は、コンプレッサ部品の共通化と生産工程における共通化する内部の体制を整えていました。すなわち、戦略的ポジショニング獲得のための① ~ ③の3要因 (= ポジショニング・ビューの要素) に加えて、それらの要因を実現するための④の組織能力の差別化 (= リソース・ベースド・ビューの要素) が同社のヨーロッパ市場における競争力をもたらしたと考えられます。
企業は、自社が競争している市場において強力な競合が存在している場合であっても、製品を投入する地域を新たに見いだしたり、顧客への製品の提供の仕方 (= ビジネス・モデル) を他社と差別化することによって競争優位を獲得できるということです。これらの戦略は、ポジショニング・ ビューとリソース・ベースド・ビューの2つのアプローチを補完的に用いることによって実現されるものだと言えます。
以上が論文内容の紹介になります。結論としては、ポジショニング・ビューとリソース・ベースド・ビューとのどちらか一方だけというわけではなくて、相互補完的に両視点を持って考えましょうということになります。ただ、最近では、PorterのポジショニングとBarneyのケイパビリティのどちらがより良いのかといったような議論はされておらず、結局どちらも重要であるという話がMintzbergを中心に行われています。Mintzbergの論については、別の機会にご紹介したいと思います!
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