コラム
先日ジェニー・ロマニウク著の”Building Distinctve Brand Assets”の和訳本、『ブランディングの科学 独自のブランド資産構築篇』が発売されましたね。『Part 2 新市場開拓篇』で取り扱われていた内容のうち、ブランドの構築に関してより詳しく記載された本です。
今回のコラムは、この本の第4章の冒頭で触れられていたブランドセイリエンス(Brand Salience)・メンタルアベイラビリティー(Mental Availability)*1について、ロマニウクやバイロン・シャープの見解が詳しく説明された論文”Conceptualizing and measuring brand salience”(2004)に基づきながら、どのような概念であるかを紹介する内容となっています。それでは早速見ていきましょう。
ブランドセイリエンスの話をする前に、まずTOM(Top of Mind)をご紹介します。
TOMとは、ある製品カテゴリーから何かブランドを挙げるように言われた際に、消費者がそのブランドを同じカテゴリーの他のどのブランドよりも最初に思い出すかどうか、を指している言葉です。例えば「清涼飲料水ときいて思い浮かぶブランドはなんですか?」と聞かれた時に、真っ先に思い浮かんだブランドがTOMです。なぜTOMが重視されるのかについては、別途このコラムをご覧ください。
TOMはブランドセイリエンスの一側面ではあるのですが、イコールではありません。論文において、ブランドセイリエンスがある一つの定義と強く結びついてしまっていた、と指摘されています。その定義とは、購入者があるブランドを製品カテゴリーの一員としてどれだけ簡単に思い出せるか、というものです。
この定義は、「購買の際に消費者がブランドを思い起こすための唯一のキューは製品カテゴリーである」というマーケティング上の仮定に端を発しているのですが、ロマニウクは人間の記憶の構造を例に挙げ、ブランドを記憶から呼び起こす際は製品カテゴリーにのみ依拠しているのではないし、単にブランドを認識するだけでは不十分だと述べています。
では改めて、ブランドセイリエンスとはどのような概念なのでしょうか?
論文によると、ブランドセイリエンスとは「購買状況においてブランドが想起される傾向」のことを指す概念です。ブランドセイリエンスは、消費者があるブランドについて持つ記憶構造のネットワークの量と質を反映しています。以下、なぜ記憶構造のネットワークの量と質が問題になるのかについて、もう少し詳しく説明していきます。
ブランド認知の構築の際、TOMなど伝統的な考え方では製品カテゴリーキューとブランド名の間の認知を高めること、つまりリンクの「質」にのみ焦点が当てられています。しかし実際の購入場面では、消費者は商品カテゴリー以外のキューを手がかりに購入するブランドの候補を考えます。
例えばご自身が食品を購入する時のことを思い出してみてほしいのですが、商品を選ぶ際にまず商品カテゴリーを考えることは稀だと思います。何か食べ物を買おうとしたとき、小腹が空いている状態なら、最近CMで見かけたお菓子やちょっとお腹が膨れる炭酸飲料が選択肢として浮かぶでしょう。スーパーマーケットで買い物をするのであれば果物も選択肢に上がってくるかもしれません。
このようにブランドを選択する際のキューは、自身の記憶や状態といった内的な影響と、どこで買い物をするかや買い物の際に目にする広告などの外的な環境から得られるのですが、この二つは非常に変化しやすいため、「消費者間でも一人の消費者の内部でもキューが変化する可能性がある」と論文では説明されています。またこれらのキューはブランド選択に潜在的に影響するため、消費者自身がその影響に気づかないことも多いです。
キューが変化しやすい点も購入時のブランド想起に影響しますが、そもそも人が一度に考えられることは少ない、とも論文で触れられています。脳のワーキングメモリーの容量は限られており、購入時に一度に思い浮かべることができる商品名はせいぜい2、3個程度です。
こういった要因や同じキューに紐づけられた他ブランドの影響が重なることによって、同じ場面であっても一つのブランドが必ず思い出されるわけではなく、様々な予測不能の結果が引き出される、というわけです。
実際、実験でもこういった個人レベルのばらつきは確認されています( Castleberry et al., 1994)。あるブランドと特定のアトリビュートを関連づけるインタビューを2回実施した際、個人レベルでは1回目と2回目の回答が一致する確率は50%ほどだったそうです。一方、全体で見ると2回の総比率は一致したという結果が出ています。この結果から、記憶からブランド知識を引き出す確率的性質は、ブランドセイリエンスのレベルを反映しているという可能性が示唆されています(ブランドセイリエンスの測定については別コラムで紹介予定です)。
このようにブランドセイリエンスは、カテゴリー名という単一の手がかりとの関連性の強さに基づくのではなく、消費者が購入場面で「使う」可能性のあるさまざまなキューから、ブランドを検索・言及する傾向が反映されている、と論文では述べられています。つまりブランドセイリエンスは、伝統的に考えられてきたようなカテゴリーとブランドとの単一のリンクの「質」だけではなく、ブランドと紐づいたさまざまなのキューの「量」(ブランド連想の大きさ)にも基づく概念であり、消費者が持つ「ブランドのシェア・オブ・マインド」が反映されている、ということです。
従来マーケティングで重視されてきた考え方の一つに「ブランドに対する態度」がありますが、この論文ではそもそもブランドに対する態度とブランドセイリエンスは購買行動への影響力が全く異なると指摘されています。
ブランドに対する態度は、常に購買行動に結びつくとは限りません。なぜなら態度は、ロマニウクたちによれば、良いブランドであるか、といった形でブランドを評価することにすぎないからです。態度は購買状況においてもあまり想起されず、特にブランド選択においては弱い動機づけにしかなりません。それに対してブランドセイリエンスは、「ブランドのシェアオブマインド」が反映されていることから、消費者のブランド選択に大きな影響を与える、と論文内で主張されています。
またこの論文では、ブランドに対する態度はブランドセイリエンスの関数であることが多いのではないか、という考えが主張されています。なぜかというと、慣れ親しんだものを好きになるという傾向を私たちが持っている*2ことが、ブランドに対する態度に影響するとロマニウクらは考えているからです。つまり消費者の中でブランドセイリエンスが高まるほど、消費者はそのブランドに親近感を抱き、肯定的に評価する傾向がある、という論が展開されています。
以上、ブランドセイリエンスについてのロマニウクとシャープの見解を、解説論文の内容をもとにご紹介してきました。
繰り返しになりますが、ブランドセイリエンスとは購買状況においてブランドが想起される傾向のことであり、人が持っている「ブランドに関連した記憶の量と質を指す概念」でもあります。つまり、消費者の心の中をそのブランドがどのように占めているかを反映した、ブランドと記憶の間に構築されるネットワークの質と量ということです。
ブランドセイリエンス(メンタルアベイラビリティー)が高まるほど、消費者は異なった購買状況でもそのブランドを簡単に見つけ出すことができるようになります。だからこそメンタルアベイラビリティーが高まっている消費者がいつでも商品を手に取ることができるよう、フィジカルアベイラビリティーも整備する必要がある、という話に繋がっていきます。
確かに、商品を購入する際に記憶の質や量によってブランドが想起されるというブランドセイリエンスの考えは、製品カテゴリーのみからブランドを想起するという考えと比べると実感として納得できるものに思われます。一方でそもそもメンタルアベイラビリティーを生じさせるためにはブランドや宣伝の規模が大きいことが前提となっているような節もあり、現状規模が小さいブランドにとってこの考え方は実務に応用しづらいのではないか、とも個人的には感じました。
ところで文中で紹介させていただいたように、様々なキューによる刺激によって消費者自身は無意識にブランドを想起します。そんな無意識な部分を含むブランドセイリエンスを、一体どのように測定して実務に活かしていけばいいのかについては、別のコラムをお待ちいただければと思います(あるいはホジョセンにご相談ください)。
お読みいただきありがとうございました!
^ (*1)『ブランディングの科学 独自のブランド資産構築篇』の中では「ブランドセイリエンス」とほぼ同様の意味を持つ言葉として「メンタルアベイラビリティー」という語が使われています。「salience」という英単語には「顕著な点、突出」という意味があるのですが、これがTOMと混同して考えられるようになってしまったため、代わりの語を用意したようです。
^ (*2) Zajonc, R. B.,Attitudinal Effect of Mere Exposure. Journal of Personality and Social Psychology – Monograph Supplement(1968) 9(2:2): pp. 1–27
ホジョセンメルマガは、マーケティングのご質問にお答えしたり、マーケティングコラムをお届けしたり、と毎週たったの5分で読めるマーケティング情報を、毎週水曜日にお送りしています。
ホジョセンメルマガに登録マーケのヒント
マーケティングの仕事は、マーケティング部門にとどまってはならない
2024年9月30日 高橋 孝之
解説記事
商品・サービス開発の基本アプローチ
2022年9月29日 高橋 孝之
解説記事
市場メカニズム理解のアプローチ例
2022年9月29日 高橋 孝之